おふくろの言葉が支えだった
ガッツ石 元WBC世界ライト級チャンピオン
十五歳で東京に出てきてから、いろいろなとこで働いたよ。まずネジ屋から始まって、弁当屋、喫茶店、酒屋の御用聞き、アイスクリームの配達、牛乳屋、印刷屋、ガラス屋、ラーメン屋、バーのマスターなど、二十二、三種類もの仕事をした。でも、好きなボクシングをするためだから、苦しいと思ったことはなかったな。「おまえなんか、モノになるわけない」と言われ続け、世間様からバカにされたけど、なんとか八年間かかってチャンピオンになった。
おれは世界チャンピオンになる前に、二度ともKO負けしているんです。でも、二度目のロベルト・デュランという、確か三階級か四階級制覇した強いチャンピオンと戦ったときには、おれもちゃんと十五ラウンド戦うだけの力がついたな、と。というのも、あんなに強いチャンピオンが大したことないんだよね。
そのとき思ったことは、ボクシングは体力だということ。いくら技術や根性があっても、体力がなかったら、それは発揮でいきない。体力さえつけば、相手と五分以上に戦えるなと思ったおれは、それからロードワークを中心にした練習に切り替えたんです。
おれはチャンピオンになるまでに十一回負けて、五回引き分けているんですよ。引き分けは負けと一緒だから、十六敗もしているボクサーが世界チャンピオンになった例なんてないわけ。それが五回も防衛したわけですから。
おれの人生はすべて遅咲きなんだね。だけど、言い訳はしなかったし、心までは負けていなかった。
おれは桜の木が好きなんだね。みんな冬の桜の木をバカにする。葉っぱも何もなくてごつごつしていてさ、こんな木なんて切ってしまえと思う。だけど、なんと思われようと、じっと時期を待っているんだね。時期が来たら、なんだこんな立派な木だったのかと、みんながあっと驚くような見事な花を咲かせるんです。
おれもいくらバカにされようと、じっと時期を待っていたんだね。時期が来たら、みんながびっくりするような花を咲かせよう、と。
「偉い人間にならなくてもいいから、立派な人間になれ」というおふくろの言葉が支えだったね。だから、十何回負けたといっても、そんなに気落ちしていなかったし、待つことができたんだ。
おは一回失敗したり、負けたりしないとダメなんだよ。だけど、同じ失敗は絶対にしない。だから、ボクシングじゃ、同じ相手には二度負けていないでしょ。なんでも経験しないとダメなタイプなんだよ。
致知出版社 『1日1話、読めばこころが熱くなる365人の人間学の教科書』より













